SF2K LAB.

DTMの過去と現在、自分流音楽理論など

DAW

これまでのDTMの歴史をゆるりとまとめてみた

これまでのDTMの歴史をゆるりとまとめてみた

何年後かにまた見返せるよう備忘録としてDTMのこれまでの歴史をまとめてみました。
前回の記事の補足のような感じですので、もし興味があれば合わせて読んでみてください。

前回の記事はこちら
この20年でDTMerの環境がどう変化したのか

DTMの歴史を最も深掘りしている資料としては藤本健さんがkindleで出版されている「DTMの原点」ではないでしょうか。
当時のカタログ画像なども掲載されていて、当時を知っている人間からすると懐かしさと甘酸っぱさがこみ上げてくる良書です。
ただ、深掘りしすぎているのと、技術考察的な側面も強いのでイマドキの人はたぶんあまりピンとこないかもしれません。

なので、ここではDTMというホビーカルチャーがどういう変遷を辿ってきたのか、またそれぞれの時代にどういうトピックがあってどういう驚きを感じていたのかなどを、さらっと浅めにトレースしていきたいと思います。
ちなみに、プロのミュージシャンやエンジニアなど、プロの世界の話しではなく、あくまで「趣味」としてのDTMの歴史です。
(僕自身単なる素人DTMerなのでプロの業界事情は全く知りませんので)

DTM有史以前

電子楽器の誕生

1900〜50年までのできごと

電気を用いた最初の楽器とされるテルハーモニウムが生まれたのが1906年。
20世紀初頭、100年以上前です。日本では明治39年、なんと江戸時代終了から39年しか経っていないんですね。

※音は関係ないみたいです

重さは実に200トン。当時はアンプ(増幅器)がなかったので電話回線を通じて音を聴いていたそうですΣ(´∀`;)
正弦波を重ねることで音を作ることができたという、まさにシンセサイザーの始祖ということですね。

その後、1920年にプリミティブ系電子楽器として今でもいろんなアーティストが使っていることで有名なテルミン、1928年にはテルミンをベースに進化させたオンド・マルトノという楽器が生まれる。

●テルミン

●オンド・マルトノ

ちなみに、オンド・マルトノの音源がSONICCOUTUREというデベロッパーから発売されていますwマニアックww

参考リンク
SONICCOUTURE公式

純粋な新生楽器として生み出された上記のものとは別に、1934年パイプオルガンの代替として生まれたのが、かの有名なハモンドオルガン。
現在でもジャズ、ロックなどなどいたるところで使われている上に、プラグイン音源などでも数多くリリースされています。

以降、電子楽器は時代の技術の進歩とともに色々と新しいものが生まれていきます。
そして時代は第2次世界大戦へ。
この戦争が皮肉にも様々な技術革新をもたらすわけですね。

コンピューターの音楽的利用

1950〜60年代のできごと

wikiでコンピューターの歴史を見ると紀元前とかまで遡っててビックリするのですが、基本的にコンピューターの歴史は計算機の歴史です。
むずかしい計算を自動で行ってくれる機械、それがコンピューターの始まりなわけですね。
時代の進歩とともに、こなせる計算の量が増え、さらには筐体自体の小型化と着実に進化していきます。
wikiによれば、1950年にオーストラリアのCSIR Mk1というコンピューターで世界最初のコンピューター音楽が演奏されたそうです。
それと時を同じくして、コンピューターを使って音響合成の研究も進められる。
1967年には周波数に変調を施して合成する技術である「FM音源」の原理が発見されたり、その後登場するデジタルシンセの開発へとステップを進めていくようです。


CSIRAC Pano Melb Museum 12 8 2008

wikiより転載

シンセサイザーの普及

1970年代前半のできごと

1930〜50年代に試行錯誤的に研究開発されていた電子合成楽器はまだそのころは電子オルガンとして認識されていた。
アメリカのロバート・モーグ博士が1964年にモジュラーシステムを発表、その後、1970年には機能を制限して大幅に小型化させた「mini moog」、1972年にはARP Odysseyが登場。
これらの登場によって、いわゆるアナログシンセサイザーという楽器として世の中に普及し始める。
一方、日本では1973年にKORGがminikorg700、RolandがSH-1000、翌1974年にはYAMAHAからSY-1がリリースし、現在の日本の電子楽器の基礎が出そろいます。

●KORG minikorg700

モノからポリへ

1970年代後半のできごと

これまでのアナログシンセは全て単音しか出ないモノフォニックシンセでした。
1975年にオーバーハイムからSEMというアナログシンセモジュールを複数搭載することで、4ポリフォニックを実現した「4-Voice」が登場。
これはかなり力技でポリフォニック化していて、1977年には8台搭載した「8-Voice」も登場。
同じ年に国内では、完全な一体型としてYAMAHAから8ポリフォニックの「CS-80」で有名なCSシリーズが発売。
翌年には名機としても名高いSequential CircuitsのProphet-5が登場。
1970年代終盤にはモノからポリへと主流が移行していった。

●YAMAHA CS-80

デジタルシンセとサンプラー

1970年代終盤のできごと

アナログシンセが時代の花だった1970年代、一方ではデジタルシンセも着々と開発されていく。
デジタル楽器は処理の全てを計算によって実現するため、コンピューターの発展と非常に密接な関係にあるといえます。
1970年代前半は、処理に対してまだまだ巨大で高価なシステムが必要だったので、一部の研究用として作られていたようです。
その成果として1979年に登場するのが、フェアライト社のフェアライトCMIとニューイングランド・ディジタル社のシンクラヴィア2。
どちらも専用のコンピューターとセットになった完全なるデジタルシンセです。
どちらもUVIからライブラリが発売されているので名前は知っているかもしれません。

●フェアライトCMI

●シンクラヴィア

このデジタル楽器の2大巨頭はどちらも「サンプリング」という手法でリアルな楽器の音を実現していました。
アナログシンセは音を自由自在に作れるとは言っても、生楽器の代わりになるものではありません。
それを実際の生楽器の音を記録して、それを再生させることで実現したのが、サンプリングという手法を用いた「デジタルシンセ」です。

「サンプルプレイバック音源」という視点だけで見れば、もしかすると1960年代には既に存在した「メロトロン」が始祖と言えるかもしれませんが、音をデジタル的に記録して、デジタル処理によって発音させる、という意味合いではフェアライトCMIやシンクラヴィアがデジタルサンプラーのルーツと言ってもいいんじゃないでしょうか。

また、ここで特筆すべきは、コンピューターを使った楽器ということで、シンセサイザー&サンプラー機能の他に、シーケンサー機能、ミキサー機能も持っており、それらを記録メディアへ保存することも可能。
これってまさに元祖DAWですよね!
この2機種はお互い切磋琢磨しながら1980年代にかけて進化し続けていきます。

参考リンク
コンピュータ-wikipedia
電子楽器の歴史 〜テルハーモニウムからシンセサイザーまで〜
電子音楽-wikipedia
電子オルガン-wikipedia

MIDI規格の誕生

1980年代前半のできごと

いまではほぼ形骸化していますが、MIDI(Musical Instrument Digital Interface)という規格の登場によって、電子音楽の敷居がグッと下がり、一般人にも手の届きやすいものになったんじゃないかと思います。
MIDIという規格がなかったそれまでも、シーケンサーという機器を使って電子楽器を演奏することは可能でした。
前述のフェアライトやシンクラヴィアはそもそもオールインワンパッケージなのでいいとして、アナログシンセなどはCV/GATEという電圧をコントロールする方式で鳴る鳴らないを制御していました。これはシーケンサーというよりも、今で言うアルペジエイターという方が近いかも知れません。
この辺りはもう技術者の領域で、一般人が軽い気持ちで手を出せるものでは到底ありません。

●CV/GATE

MIDI規格はwikiによると、ヤマハ、ローランド、コルグ、カワイ、シーケンシャル・サーキット、オーバーハイムの6社で1981年に草案策定、翌1982年に公開されたそうです。
6社の内4社が日本のメーカーっていうが驚きですよね。
これ以降に発売される機種から徐々におなじみのMIDI-IN、MIDI-OUT、MIDI-THRUという3つの端子セットが搭載されていきます。

CV/GATE方式は仕組み自体アナログなので、環境やコンディションによってはうまく動かなかったり暴走することも多々あったようで、安定稼働させるにはそれなりに大変だったようですね。それに比べてMIDI規格は完全にデジタルで通信するので、信頼性は格段に向上しました。
また、MIDI-THRUというそのまま次の機材へ送る機能があることで、ひとつの演奏情報で複数の機器を鳴らすことができるため、いくつもの音源を同時に鳴らす「レイヤー」という手法によって単体では実現しない豊かな音色を作ることも可能になりました。

参考リンク
MIDI-wikipedia

コンピューター音楽の台頭

1980年代後半のできごと

1980年代といえば、これまで業務用として使われていたコンピューターというものが急速に一般化した時代です。
1977年のAppleIIに代表される、一般人でも使えるオールインワンパッケージの小型コンピューターの登場以降、様々なメーカーからホームユースのコンピューターが登場します。しかし、お値段的にはおいそれと買える金額ではなく、まだ敷居が高かった時代。
そんななかで、日本が誇るNECから1979年にPC-8001という機種が登場します。
さらにホビーユース向けに安い価格で発売されたのが1981年のPC-6001、通称「パピコン」。
でも、この辺のコンピューターはまだまだ非力で、音楽で使えるようなポテンシャルはありませんでした。

●AppleII(1977)

●PC-6001(1981)

一方、アメリカでは1982年にコモドール社が「Commodore64」という大衆向け小型コンピューターを発売、1984年にはApple Computerから「Macintosh」と名付けられたホームコンピューターが登場、そして元コモドール社の技術者が開発したアタリ社の「ATARI ST」が1985年に登場します。

●Commodore 64(1982)

●Macintosh(1984)

●Atari ST(1985)

性能もそこそこ向上し、MIDI対応機器も増えてきたこの時期に、Macintosh用ソフトとして1985年にMOTU社から「Performer」、1987年にOPCODE社からは「Vision」というソフトウェアベースのシーケンサーが登場します。
また、1985年にコモドール64用としてドイツのスタイバーグ社から「PRO16」、少し遅れて1989年、ATARI ST用に同じくドイツのC-LAB社から「Nortator」が登場しました。
当時はMacintoshがシーケンスソフトを2種有しており、音楽制作用途のスタンダードとなっていきました。
ドイツ製である2つのソフトはそれぞれPRO16が「Cubase」に、C-LAB社はEMAGICとなってNortatorを「Logic」としてMacintosh用に移植され、4大シーケンスソフトとして長らく君臨することになります。

●M.O.T.U. Performer

●OPCODE Vision

●Steinberg PRO16

●C-LAB Nortator

「マイコン」と呼ばれ親しまれた小型コンピューター自体の発売は以外と早かった日本勢ですが、こと音楽方面ではまったく何もなかったわけではないものの、なかなかに出遅れており、音楽制作用ではMacintoshが事実上の標準として君臨してました。
80年代中盤から終盤にかけて、国内でもようやく一般層にも16ビット機が「PC9801VMシリーズ」の登場によって急速に普及、そして1989年、日本におけるPCでの音楽制作(ホビーユース)に大きな革命が起こります。

参考リンク
アタリ_(企業)-wikipedia
コモドール-wikipedia
PC-9800シリーズ-wikipedia
Macintosh-wikipedia

DTM(デスクトップミュージック)という概念の誕生

コンピューターを使った音楽が一気に身近なものに

1980年代終盤〜90年代初頭のできごと

04
●藤本健の“DTMステーション”より

藤本健さんの「DTMの原点」によると、1989年3月にRolandから発売された「ミュージくん」という、ソフト、MIDIインターフェイス、音源がパッケージされた音楽制作用パッケージに初めて「デスクトップミュージック」という言葉が登場する、とあります。
なんだかんだで敷居の高かったコンピューターを用いての音楽のハードルをガッツリと下げたセンセーショナルな商品が登場します。
当時、PC9801シリーズという日本国内で最も普及したコンピューター(この頃あたりから一般的にマイコンではなく「パソコン」という呼称に変化)がモニターセットでだいたい30〜50万円、このミュージくんが99,800円ということを考えると、決して安くはないのですが、そもそもMacintoshというパソコンが平気で1セット100万とか超えてたことを思えば随分リーズナブルなわけです。

今では当たり前のように浸透したDTMという言葉はこの時に生まれました。
まさに机の上で完結する音楽制作。
僕は、ミュージくんの後継にあたる「ミュージ郎」というパッケージを購入しました。
まさに衝撃的というのはこういうことを言うんですね。
それまでは8ビットのX1というパソコンにFM音源ボードを拡張させて遊んでいましたが、FM音源のみなので当然リアルな音は鳴りません。
僕が買ったミュージ郎に付属していたのはCM-500という音源なのですが、PCM方式といわれるサンプルプレイバック音源が搭載されており、ものすごくリアルな音に感動を覚えました。

●ミュージ郎シリーズ付属音源

このミュージくんに始まり、ミュージ郎として大ヒットしたパッケージ商品は他社からも追従して発売されます。
YAMAHAからは「HELLO!MUSIC!」シリーズ、KAWAIからは「Sound Palette」、KORGからは「Audio Gallery」、そしてなんとCASIOからも「日曜音楽」なるパッケージが出ていたようです。
これらを見てもわかるように、パソコンを使った趣味の音楽制作、すなわちDTMというものが一般的になり、一種のブームとも言える時代が来たわけですね。

参考リンク
DTMのルーツ、1988年に登場したミュージくんの衝撃-藤本健の“DTMステーション”
コモドール-wikipedia
PC-9800シリーズ-wikipedia
Macintosh-wikipedia

数値入力という日本人好みの入力方法

1980〜90年代のできごと

レコンポーザVer3 0 EDIT 画面

wikiより転載

Macintosh用4大シーケンサーを始め、国内でもDTMパッケージが華やぐ時代。海外産のシーケンスソフトはピアノロールと言われるオルゴール的な発想の独自のエディット方法か、定番である譜面入力が主流でした。
これはパソコンという大きい画面とグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を有効かつ最大限に利用できる優れた入力&編集方式なわけです。
その一方で、数値入力のみに特化した形で進化を続けるとある変態シーケンサーがありました。
その名は「レコンポーザ」。
もともとはRolandが開発したPCの拡張ボード用MIDIインターフェイスにバンドルされたのが始まりのソフトなんですが、プログラマーがその後有志を募ってRolandから独立し、カモンミュージックという会社を立ち上げ、開発を継続します。

●レコンポーザ(音源はCM-64)

この他に類を見ない、数値入力専用シーケンサーは完全に独自路線を歩んでいくわけですが、どうやら日本人の気質にマッチしたのか、いまだに根強いファンを持っている稀有な存在です。
カラオケ用のMIDIデータはほぼこのレコンポーザで組まれているとか言われるくらい、熟練者はもの凄いスピードで打ち込みをすることが可能になるらしいです。
僕も一時期というか、Macに環境が変わるまで(変わってもOrtinaというMac用レコンポーザを買いましたがw)レコンポーザを使ってました。
慣れると確かにマウスでちまちま入力するのがバカバカしくなるくらい早く入力できます。
その理由は、表示に負担のかかるGUIを使わず、テキストメインで構成されていたからだと思います。
とにかくレスポンスが早いんです。今のPCでは当時の数万倍くらいパワーがあると思うんですが、キー入力のレスポンスは全然かなわないです。

このレコンポーザ的な数値入力をここまでこよなく愛し、買い支えて延命させられたのはひとえに数値入力という入力方法が日本人の気質に合致した結果ではないでしょうか。

レコンポーザへの思いの丈はこちらでもご覧いただけますw
自分が歩んできたDTMというものを少し振り返ってみる【シーケンサー編】

参考リンク
レコンポーザ-wikipedia

シーケンスソフトからデジタルオーディオワークステーションに

ハードディスクという四次元ポケット

1990年代のできごと

DTMが身近になり、PCの性能もめまぐるしく進歩していく中で、シーケンスソフトに大きな潮流が流れ込んできます。
それはハードディスクの大容量化とCPUの性能向上による、ハードディスクレコーディングという流れ。
これまでの記録メディアはフロッピーディスクが主流でした。
2D(360kB)、2DD(720kB)、2HD(1.44MB)と容量を増やしてきたものの、やはり限界があります。
MOやZIPドライブといった大容量ディスクメディアも登場しましたが、スピードや利便性的になかなかむずかしいわけですね。
ハードディスクは昔からあるにはあったんですが、非常に高価でおいそれと買えるものではなかったのですが、時代の流れとともに大容量&低価格化が進み、だれでもそこそこな容量のHDDを買うことができるようになっていきます。
僕も初めてHDDを使った時は、マジで四次元ポケットかと思いましたw

さて、ここでは主にコンピューターでの音楽制作をメインに置いているので、あまりトピックとして扱っていませんが、こういういわゆるDTM(パソコンを使ってMIDI音源を演奏する)という方法以外にも、パソコンを使わないで音楽制作をする人たちも大勢います。
むしろDTMの方がマイノリティだったのではないでしょうか。
そうしたパソコンを使わず音楽制作をする趣味を「宅録」などといいます。
自宅でレコーディングして音を重ねて作り上げていくわけですね。

●MTRを使った録音(音源ソースがイマドキw)

こういした人たちは、それぞれ単体で動く機材を必要なだけ揃えます。
例えば、ギターを演奏する人は、それ以外のパート用に単体シーケンサーを使って打ち込みし、マルチトラックレコーダー(以降MTR)に録音して、ギターも重ねて、等を繰り返し行います。MTRという機材は市販のカセットテープを使って多重録音ができるようになる機材です。
普通カセットテープというのは片面ステレオ2CH記録できるのですが、MTRはそこに4CH分記録できるようにする特殊なレコーダーです。

こうして、PCを使わずにやっている自宅録音派向けの機材もどんどん進化していき、カセットテープからMDへとメディアが増え、さらに多機能に進化したのがハードディスクMTRです。進化っていうのはよリ便利になっていくことなので、おのずと様々な機能が加わっていきます。
ハードディスクMTRもエフェクターが内蔵されたり、デジタルミキサー機能がついたり、編集ができるようになったりと、結局PCベースも単体機ベースも行き着く先は同じなんですよね。
ただ圧倒的に違ったのは、ストレージの容量ではないでしょうか。
ハードディスクレーコーダーの先駆けは1996年に発売されたRolandのVS-880という機種だったと思います。1996年当時のPC内蔵HDDはだいたい80MB〜多くても320MB(ギガじゃないですよ?メガですよ)ほどだったのに対して、VS-880は32GB(こっちはギガです)を実装していて、完全なデジタルクオリティの音質で8トラックとか扱えたんですよね。これは正直スゴイと思いました。


VS-880

●Roland VS-880

korg d8

●KORG D8

AKAI DPS16

●AKAI DPS16

ハードディスクレコーディング専用機(1998)

そして、単体機がそういう進化をしていく中、PCの方も性能面ではどんどん進歩していきます。
なんだかんだで単体機の方が専用で設計、製作されていてなおかつ容量も大きくて、動作が安定したり音楽製作の上では専用機だけあって便利な面も多いわけですが、そこはPCという「なんでもできる夢の機械」の面目もあります。
VS-880が登場した同じ年に、PCは単体機を遥かに凌駕する(かもしれない?)可能性を感じさせる、とあるプラットフォームが提示されます。

VSTとかいうチート発想

1990年代後半のできごと

Mac用シーケンスソフトCubaseを開発していたドイツのソフトウェアメーカーSteinbergは「Virtual Studio Technology(以下VST)」という独自規格を搭載した「Cubase VST3.0」を1996年にリリース。
VSTはPC内部でスタジオ作業の全てを擬似的に実現するというコンセプトで、エフェクト機能などをプラグインという形式で追加したり、内部のルーティングなどを自由に設定してミキシングできたりと、従来のMIDIシーケンサーの機能に加え、オーディオの扱いを飛躍的に進化させました。


VST

サウンド&レコーディングマガジンより(1999)

●CubaseVST windows版登場時の広告

ちなみに、PCベースでこういったことができるようになったのはCubaseが初というわけではなく、既にスタジオなどではProToolsという専用DSPを中核にして組むシステムはありました。
ただ、当然素人が趣味で買えるようなものではなく、コンシューマー向けの一般PCにインストールして普通に使えるものとして、CubaseVSTはかなり革新的でした。
このVST規格の出現により、趣味でDTMをやっているPC派にも気軽にオーディオを扱える時代がやって来たことで、これまで「シーケンスソフト」と呼んでいたものが「デジタルオーディオワークステーション(DAW)」と呼ばれ始めることになります。
(とはいえVST1.0の時代はなかなかじゃじゃ馬だった記憶がありますが・・・)

PCインターフェイスの変化

1990年代後半のできごと

もう一つこの時期に触れておいたほうがいいことがあります。
それはPCのインターフェイスについて。

1990年代は、HDDの容量増加、CPUの性能向上に加え、DOS/V機とかIBM/PC互換機と呼ばれる、MicrosoftのOSで動かすPCプラットフォームが台頭してきます。
なんだかんだでPC98以外でDTM的な主流はほぼMac一択でした。ところが、1995年に状況は一変します。

そう、windows95の発売です。

このOSの登場によって、これまでのMac優先で開発されてきたソフトが次々にwindowsへ移植され、あれよあれよと言っているうちにwindows版の方がバージョンが上になるソフトも出だしました。
そしてその3年後、windows98の登場で全世界的なスタンダードがwindowsPCに塗り変わりました。

なぜここまで急速にwindowsが普及したのか。それは、DOS/Vと呼ばれていた頃に活発になりだした「PCを自作する」という文化の波及によるものと思います。
Macは今も一貫して変わらず自作は認めていません。途中でApple以外のメーカーから低価格マシンが出た時期もありましたが、ユーザーが自分でマシンを組み立てるという概念はありません。
MacはLCシリーズなどの低価格ラインを出して、一時期のような高価なマシンというイメージは無くなったものの、それより遥かに安く、かつ自分好みに自由に作れるPCというのが時代にマッチして瞬く間に広がったのではないでしょうか。

windowsユーザーが増えるにつれ、いわゆるスタンダードのあり方が変わります。
これまでMacのインターフェイスには、ADB(Apple Desktop Bus)と呼ばれる主にキーボードやマウスを接続する端子、SCSIと呼ばれるバス端子、ほぼMacとNeXT機でしか採用されていないNuBusなど、独自路線を走っていたが、1996年にUSB(ユニバーサルシリアルバス)という規格が制定され、windows
機であっという間に広まり、その影響によりMacもUSBを採用する。
それによって、これまでのMacで使われていたインターフェイスはレガシーインターフェイスと呼ばれ、互換性が無くなったため周辺機器などを買い直さないといけない状況になった。

当時、VST対応のエフェクトプラグインを開発していたwavesの製品や、シーケンスソフトであるEMAGICのLogicなどはプロテクトのためにADBを使ったドングルを使用しており、USBになったことで絶望を覚えた人は少なからずいるはずです。
Apple社自体の経営不振も囁かれたりと、Macユーザーには非常に苦難の時代でした。
(ちなみに、AppleはFirewireという規格をUSBに変わるものとして開発し、最近まで搭載してましたが、それも今やレガシー化してしまいましたね・・・)

シンセサイザーや音源までもバーチャルの時代へ

VSTインストルメントの登場

2000年代前半のできごと

1996年に発表されたSteinberg社のVST規格が、1999年にはVSTバージョン2.0になるとともに、VSTiというバーチャルインストゥルメント規格も実装された。
これまでのエフェクタープラグインに加え、音源プラグインも対応ソフトで使えることになる。
2000年、CubaseVST5.0とともに3オシレーターのシンプルなアナログシンセタイプのMODEL-E、NativeInstruments社が開発したProphet-5のクローン音源であるPro-five、そしてwizoo開発のリアルなドラム音源LM-4などがSteinbergより発売された。


VSTi登場時の広告

サウンド&レコーディングマガジンより(2000)

●VSTインストゥルメント登場時の広告

●Steinberg MODEL-E

●Steinberg Neon(付属プラグイン)

翌2001年、同じくSteinbergから「REASON」というモンスター級のバーチャルインストゥルメントが発売される。
ただしこれはスタンドアロンソフトで、自身もシーケンス機能を搭載しており全てがこれで完結するスゴイソフトだった。
これさえあれば、もう何にも要らないんじゃないかとさえ思ってしまうインパクトを受けました。


REASON発売時のサンレコ広告(2001)

サウンド&レコーディングマガジンより(2001)

●REASON発売当時の広告

そして同年、ついに念願のサンプラープラグイン「HALion」が登場します。
1998年にネメシス社かたGigaSamplerというwindows専用のスタンドアロンサンプラーソフトが登場しますが、プラグイン形式ではこのHALionが最初だったんじゃないかと思います。
サンプラーといえば、当時まだなんだかんだでAKAIのSシリーズ、E-MUのE4などハードウェアが中心だった中、ようやく登場したプラグインサンプラーでした。

2002年にはVSTインストゥルメント開発最古参でもあるNativeInstruments社から「KONTAKT」がリリースされ、以後KONTAKT対応の追加音源が数多く発売されて事実上のスタンダードプラットフォームになっていくのと同時に、VSTというフォーマットもまた、プラグインプラットフォームの標準になっていきます。

ちなみに、この時期、Steinberg社のVSTという規格に対抗する形でDAWメーカーは様々な独自規格を持っていました。
もともとスタジオなどで導入されていた音声編集システムであるDigidesignのProtoolsで専用DSPが必要プラグイン形式の「TDM」があり、Steinbergは専用DSPを必要としないでも使用可能な「VST」という規格を作る。
それに追従する形でMOTUからはDigitalPerformer専用の「MAS」、Microsoftがwindows用の拡張機能として開発された「DX(DirectX)」、これはcakewalk社のSONERが採択する。
AppleはCoreAudioの実装に際して、それに最適化できるMacOSX専用形式である「AU(AudioUnits)」を開発。
プロ用と思われていたProtoolsがPCの性能向上とともに、一般ユーザーにも開放されてくるにつれユーザーも増えて、DSPが無くても稼働する「RTAS」という形式を追加。
そして最近、OSやPCの環境変化、主にはCPUの64bit化に伴い、DAWやプラグインも64bit化の波が来たことで、このTDMとRTASを統合する形で新たに「AAX」という形式に統一する動きになっています。

2000年代はこうしたプラグインの出現から、各社が競って切磋琢磨され、PCの性能向上やメモリやHDDの低価格化がさらに進むことで、飛躍的な進化を遂げたと言ってもいいと思います。上にも貼りましたが、CubaseVST5が登場したときに初めて搭載されたVSTインストゥルメントである1オシレータのシンプルなシンセモジュール「Neon」はお世辞にもいい感じとは思わないですよね。実際、僕個人的には結構ガッカリした記憶があります。
だからこそ、NIのPro-fiveやREASONに夢を見てしまったのかも知れません。

VOCALOIDというDTMのあり方自体を変えた化け物

2000年代後半のできごと

この時代(2000年代後期)で最も、いや、DTM史上最もといっても過言ではないかもしれません。
そう、2007年8月31日に発売された「VOCALOID2 初音ミク」です。
この初音ミクというボーカロイドのヒットによって、かつてDTMを趣味にしていた人や、なんとなく興味はあったけど手を出してこなかった層、さらには興味無いけどなんか面白そうと新たに興味を持つ層、ありとあらゆる層がDTMというものに何かしら触れることになります。

なんだかんだでDTM趣味っていうのはニッチで、機材を買い揃えたりでお金もかかる、さらに一人でやっている人は教えを賜われる人がいないため、常に挫折との隣合わせ。
そんな地下趣味(いいすぎ?)だったDTMが一気にメジャーシーンへと躍り出ちゃった感じを当時受けました。
実は僕も何度も出戻っているクチで、2001年あたりからDTM趣味から遠ざかっていたのですが、この初音ミクの発売後2008年あたりにまた戻ってきました。

VOCALOID自体は結構早い段階から出ており、2004年にはZERO-Gから2製品発売されていて、同年秋に日本のクリプトン・フューチャー・メディアから国産第一号「MEIKO」が発売。2006年には男性ボーカルの「KAITO」が発売されました。
この時、MEIKOのデモはどこかで聴いたんですが、やはりなんというか、「うん、がんばってるよね!」っていう感じで、自分でそれを使って何かしてみたいという衝動には及びませんでした。

しかし、その翌年にVOCALOIDがバージョン2としての初めての国産製品である「初音ミク」の声を聴いて、「え!ここまでいい感じになるの!?」とショックを受け、さらにはその後ニコニコ動画を中心に初音ミクに歌わせる作品が次々と発表され、音楽を作るひとだけではなく、かわいい初音ミクのイラストを書く絵師や、凝ったPVを作る動画師、さらには3Dでミクを自在に動かせるMMDというフリーソフトまで出てきてさらにPVはクオリティを上げ、それらの楽曲を今度は一般の人間がカバーするという逆転現象まで発生し、日本人の持つポテンシャルの高さに慄きつつも、自分もこの祭りに参加したいと純粋に思いましたね。

連鎖する創作意欲がどんどんバーストしていく流れはこれまでのDTMの歴史を見ても一度も起こっていません。
世の中の環境変化、時代背景、技術進歩などいろんな条件の組み合わせで起きたひとつの奇跡だったのではないでしょうか。

デスクトップからハンドトップに!?

2010年代のできごと

前項のVOCALOIDによって一時的にもの凄い勢いで加熱したDTMですが、時代は完全にハードウェアからソフトウェアベースへと移行が完了しており、ミニマムな構成であればノートPC1台だけで完結できる環境になりました。
そして、もう一つ大きい潮流として、2007年に登場したAppleの「iPhone」で携帯電話事情が変わり、その後2010年に登場した「iPad」によって、長きに渡りDTMの中心にあった「PC」の存在意義にも変化がもたらされたことがあげられると思います。

とはいえ処理能力的にもPCベースの優位性自体はまだまだありますが、タブレット端末、さらには携帯端末で音楽ができる時代になったこと自体がそもそも衝撃的な事態ですよね。
DTMという言葉は1989年に「ミュージくん」という一式セットになったお手軽パッケージの登場によって、パソコンとコレだけあれば机の上で音楽制作ができるというコンセプトを、当時出版系デザイン業界がMacで全てができるようになった環境を「DTP(デスクトップ・パブリッシング)」と呼び、それにあやかってRolandから提唱されました。
そこからおよそ30年弱の時を経てデスクトップですらなくなり、手のひらでできる音楽、すなわち「パームトップミュージック(PTM)」の時代にまで変貌したわけです。

DTMの今とこれから

現在

現在は手軽にプロと「ほぼ」同じ環境が手に入り、プラグイン製品やホストアプリケーションも進化もほとんどし尽くし、クオリティの圧倒的な差もほとんどなく、いわゆるコモディティ化に近い状況に来ているんではないかと思います。
PCをベースにやって来た人がタブレットなどの小型端末に移行していくとか、ソフトウェアベースでやっていた人がハードウェアに回帰していくとか、そういう状況内変化はあるかもしれませんが、激震が起こるほどのセンセーショナルなトピックはないように思えます。

それに伴ってか、2010〜2011年あたりにピークを迎えた初音ミクに代表されるボカロブームも衰退の一途をたどり、一部ではまだまだ人気があるものの、この先もう一度当時のようなお祭り状態にはもうならないでしょう。
そうなってくると、ボカロに興味を持たない世代が生まれ、その世代が大人になるころにはDTMという概念自体が誰の認識にも無くなってしまう日が来るかもしれません。

しかし、音楽という普遍的なものそれ自体が消滅することは地球に大気が無くなってしまわない限りありえないので、今より音楽制作趣味もさらなる多様化が進むのかも知れない。未来のことは誰にもわかりませんが、少なくともそんな心配をしている時間を制作に費やしたほうがいいのは確実です。

さいごに

さらっといきますと冒頭で言ってたにもかかわらず、えらい長い記事になってしまいました:(;゙゚’ω゚’):
でも、一度DTMというものを客観的かつ体系的にまとめてみたかったので、自分としては書いてて楽しかったです。
自分の知らない時代の知識を調べて知ることや、ルーツが意外なところにあったり、過去の広告を色々見るだけでも時代の変化をまざまざ感じられるし、懐古的な意味合いも大いにありますが、後ろ向きではなく全力で前を向くためにもまとめてみてよかったと思います。

一応記憶違いの無いようwikiとかを参考にしている部分も多いですが、もし間違いとか認識の違いなどありましたら訂正しますのでコメント欄でご連絡いただければと思います。

それではここまで読んで頂いた方、最後までお付き合い頂きありがとうござました。
すでにDTMerの人も、これからはじめようという人も、同じ趣味を持つもの同士楽しいDTMライフを送りましょう!
それでは。

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  1. KORGgadgetなどで検索していてこちらにたどり着きました。
    たいへん分かり易くてかなりと言うのか、物凄く文章もレベルが高くて、今までの空白になっていた
    ここ10、20年を振り返ってみれたようで、ちょっと嬉しくてコメント欄に書かせて頂きました。
    まだ他にも記事?があるようですので読んでみたいです。
    ありがとうございました。

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